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「苦渋の決断」

という日本語が、気になります。


読んで字の如く、苦渋とは、にがくてしぶいことを言い、
そこから転じて、苦しんで悩み抜いているさまを言うのだと思われます。

したがって、
苦しんで悩み抜いた末の決断――という意味で、

「苦渋の決断」だ。

とドヤ顔を決める人が多いのでしょうが、
あたくしの浅学では、どうしても、「苦渋」が、

「苦しみ悩むこと、そのもの」

に結びつかないのです。
「苦渋」とはあくまでも、「思い悩むサマ」であって、「思い悩むコト」ではない。


「苦渋」スル


などという日本語は、検索したらダラダラ出てきましたが、
「苦渋」とは、すなわち、苦くて渋いという形容なので、
それを「スル」なんて、おかしいのです。
「美麗する」
「醜悪する」
という日本語がおかしいのと同じような感じで。

というわけで、苦渋スル、は、
「苦悩する」「苦悶する」「苦吟する」「苦心する」
この辺からの誤用だと思われます。

で、

「苦渋の決断」

ですが。
苦渋とは、すなわち苦くて渋いのですから、文字通りに見れば、

「苦くて渋い決断」

という意味になるほかありません。

「正義の決断」
「怒りの鉄拳」
「愚者の戯言」

この辺の日本語と同じ。
(何か違う気もしますが)

したがって、第三者が、
思い悩み、苦しみ、渋面をつくりながら決断した人を見て、

「ああ、苦渋の決断なんだ。苦悩のあとが見えるほどの決断だ」

と言うのは正しいようですが、
その決断を下した当人が自分で、

「これが私の、苦渋の決断です」

と見得を切るのは、何とも、愚かしいと思うのです。

「苦悩の末の決断」
とか、その辺りがまともな日本語だと思われまして、

「これは苦渋の決断だ」

などと言う奴は、決断を下すに際して、
本当は、苦渋の色など浮かべていないのだと思われてなりません。


(辞書検索すると、「思い悩むこと」で出てきますよ)










 

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アーティスト村上隆インタビュー記事抜粋。

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「クール・ジャパン」について
「クール・ジャパン」なんて外国では誰も言っていません。
日本人が自尊心を満たすために勝手にでっち上げているだけで、広告会社の公的資金の受け皿としてのキャッチコピーに過ぎない。
外国人には背景や文脈のわかりづらい日本のマンガやアニメが少しずつ海外で理解され始めてはいますが、ごく一部のマニアにとどまり、到底ビジネスのレベルに達しておらず、特筆すべきことは何もない。
僕は村上隆という一人の芸術家として海外で注目されているのであって、クール・ジャパンとは何の関係もない

村上隆の作品が評価されているのは
日本の美を解析して、世界の人々が『これは日本の美だな』と理解できるように、かみ砕いて作品をつくっていることだと思います。
僕は、戦後日本に勃興したアニメやオタク文化と、江戸期の伝統的絵画を同じレベルで考えて結びつけ、それを西洋美術史の文脈にマッチするよう構築し直して作品化するということを戦略的に細かにやってきました。
それが僕のオリジナリティーです

今やアニメやゲームなどの業界は、他国にシェアを奪われて、統合合併が相次ぎ、惨憺たる状態。
クリエーターの報酬もきわめて低いうえ、作業を海外に下請けに出すから、人材も育たない。

そうした中で何が必要か
著作権の整備です。
もっとアーティストに利益が還元されるように、著作権をはじめとする法制度の整備が急務です。
それなのに、日本国政府はビジネスの現状も知らず、国際的な著作権の動向に関してはアメリカに主導権を握られてしまい、右往左往して何も有効な手が打てない

そうは言いませんが、欧米には、美術館の学芸員らの人材が豊富で、作品をきちんと評価し、価値付けできるメソッドがある。
審美眼を備えて信頼するに足るアート市場もある。
意地悪なジャーナリズムもよく勉強していて対抗しがいがある。
一方、日本は美術館はたくさんあるだけ。ジャーナリズムは印象批評に偏っており、マーケットを蔑視している。

日本の場合、教育に目を向けても、美術大学は無根拠な自由ばかりを尊重して、学生に何らの方向性も示さない。
芸術には鍛錬や修業が必要なのに、その指導もできない。
少子化や国立大学の法人化で、学生がお客さんになってしまい、教師は学生に迎合している。
お陰で、あいさつさえまともにできず、独りよがりの稚拙な作品しかつくれない学生ばかりが世に送り出される。先鋭的なものは何も生まれてこない。
だから、世界に出ていって通用する芸術家が日本にはほとんどいない

僕は世界でどうやってトップを取るかに集中しています。
日本人はゴルフでもテニスでも世界一を取れない。なぜか。
国内でそこそこ楽してやっていけるから、安心しちゃっている。
地方自治体が街おこしにアートを利用するから、アーティストも結構楽にやっていけるので、海外に目が向かないし、無根拠にもの作りを推奨しすぎる。
ぬるい。

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ぬるい。
は良いですね。

そしてさすがは日本美術ドクター。
非常に論理的に、作品製作をやってるのだなあと思わせます。
あたくしの印象では、欧米のアートはげっそりするほど論理的なものなので、なるほど強いわけです。


全文は、以下でドゾ。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201201160436.html











 

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芥川賞の銓衡委員、都知事の意見です。

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質問:
かねてから最近の作家は世相に合わせるような、
マーケッター的になっているというようなことをおっしゃっていますけれども、
改めて今の若い書き手に欠けているもの、あるいは言葉の力という観点から、もしあれば

都知事
自分の人生を反映したリアリティーがないね。
つまり、心身性、心と体、そういったものが感じられないね。
つくりごとというのは結構なんですよ、見事なつくりものでも。
でも、本当に日本語で言いにくいんだ。かといって英語で言って、それで正解か。
何か本物の、ジェニュインなものがないね。
今も読んでいますけれど、苦労しながら、ばかみたいな作品ばかりだよ、今度は。

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http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2012/120106.htm

小説の書き方に悩む身には、遠い議論です。。。



新・堕落論―我欲と天罰 (新潮新書)






 

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作家・吉田修一のインタビューがありましたよ。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120103/bks12010303240000-n1.htm

小説作法にも触れられてる気がするので、メモメモ。

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小説の世界と、映像・舞台表現の違いについて
たとえば、ある人物にこう見える景色が、他の人には違うように見える。
で、その目の前の景色がどのように見えるかを書いていくのが小説だと思うんです。
でもそれは、映画ではあまり効果的ではない。
でも映像がいいというのもあって…。
(同じく映画化された)「悪人」の脚本、最後は主人公の2人が灯台から夕日を見るって書いてあって、全然ピンと来なかった。よくあるラストだし、これで終わっちゃっていいの…って。
だが監督が撮りたかったのは「夕日を見ている2人」じゃなく「夕日を見るそれぞれの顔」だった。
これはなかなか小説では書けない。
もちろん「夕日を見ている2人」の情景は書けるが、その表情まで文章にするのは、小説としてあまり良くない方向に進む感じがする。でも、映画では、それがハマる。
 
人物のイメージと役者の雰囲気についての違和感は
もともと、どういう顔をしているとか、身長がどれぐらいだとか、あまり外見の特徴を書く習慣がない。もちろん書かなきゃいけない場面では書くが、なるべく書かないですませる。
他の人の小説を読むときにも、書かれていない方がイメージが膨らむ。
10人読めば10通りの顔が浮かんでいて、それでいいような気がして。
 
ただ、やっばり書いているときに、ぼんやり浮かんでいるものはある。
モデルというのではなくて、空気感というか、印象というか。

作風について
純文学からスタートして、いろいろなものを書いているが、まったく違うものを書いているという意識は、あまりない。手を替え品を替え同じことを書いている、と自分では思う。
 
その「同じこと」というのは
難しい。小説で何を書いているか、答えるのは…。
すごく乱暴に言うと、僕が書く小説の主人公には「それでいいんじゃないかな」というような感じが、いつも、どの作品にも流れているような気がする。
でも、「こうじゃなきゃいけないんだ」っていう小説は、たぶんない。
そのなかで、なるべく振れ幅を、とは思っている。そうしないと、つかまってしまう感じ。
 
純文学の新人といわれて、うれしいが、しばらくして「純文学の新人かぁ」と自分で思っちゃうと、そこにつかまっちゃいけないような気がしてくる。「エンターテインメントに転向」といわれると、逃げたくなる。次に恋愛小説家と書かれると、またつかまらないぞって(笑)。
自作を超えていくという感じ。
結果的なものだが、「逃げる」って、積極的でないとできない。積極的に逃げるっていうのも変な話。

なぜ小説家に
なんのきっかけもない。大学卒業して、いわゆるフリーターで、時代が良かったと思うが、とくに焦りもなく。卒業前にやっていたバイトを卒業後もそのまま続けて。で、何年かして、小説を書き始めた。
たぶん余裕があった。もうひとつ何かできるっていう環境だった。
そのなかで選んだのが小説を書くことだった。
説明できないが、そこはどうしても小説でないとダメだった。

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